先日、ある中国料理のスター料理人がこんなことを言っていた。
「僕ね、最近やっと公私ともに料理が趣味ですと言えるようになりました」
それまでは料理の世界で自分は一番になろうとガムシャラだった、とても料理が趣味だとか好きだとか言えなかったのだと言う。たしかに仕事にストイックに向き合うと「好きだ」の一言が軽いものに思えてしまうことがある。「好きじゃない。仕事だから」という言葉も、なにか上滑りな感じがする。仕事熱心で本当にお好きなんですねえなどと言われることが腹立たしく思えてしまう。仕事とはなんと業の深いことか。「趣味です!」とおっしゃる、その姿は晴れ晴れとしていた。
わたしは飲食店や食品の物販店と長くつきあっているが、ものづくりの仕事のなかでも「食べもの」をつくる仕事は、自分がつくった商品が永久に世に残るわけじゃない。すぐに消費され、口の中に消えていってしまう。気泡のように。だからこそ、業の深いものになるのではないかと、ふと思う。
前回鰻のブーツを書いてくれた田中圭さんのように、もしもデザイナーだったら、数年後~十数年後に完成する空間や周囲の環境をじっくりと思い描き、さらにその先の100年まで残すことを考えることができる。遠い未来を自分の手でつくることができる。食べものはそうはいかない。そもそもお店を10年残すことだって、すごく難しいのだ。
かつてデザイナーズレストランと呼ばれたカッコいいレストランの全盛期があった。インテリアデザインの才能たちが、こぞってレストランを手がけた。ロブションレストランなど煌びやかさな表現では他を圧倒するグラマラス森田恭通さん、レストランから居酒屋まで繁盛店デザインを日本一多く手がけた神谷デザイン神谷利徳さん、和食の色気を表現させたら右に出るものはいないエイジ佐藤一郎さん、都会の洗練と陰影で大型レストランを美しく彩った乃村工藝の小坂竜さん・・・他にも挙げればきりがない、天才インテリアデザイナーたちの黄金時代だ。彼らがデザインしたレストランの多くは改廃を経ながらいまもロングライフをめざしているが、やはりショップやレストランはホテルに比べれば短命だ。デザイナーたちがレストランの仕事から徐々にホテルデザインへとフィールドを広げているのも自然なことだろう。
東京・日比谷のホテル「ザ・ペニンシュラ東京」を手がけた橋本夕紀夫さんも、日本を代表するインテリアデザイナーの一人。で、描いていただきました、蛸のサンダル。鯨のアディダスじゃなかった。ザ・正統派、という感じ。フキダシに署名。文句のつけようがございません。
橋本さんは正統派な和の巨匠のイメージが強いが、実はファンキーでお茶目な方であり、デザイン業界の忘年会などではお下げ髪でのロックボーカル姿を披露してくれたりとサービス精神にあふれている。橋本さんの愉快な部分が表現されたのが、兵庫県・三田の大繁盛パティスリー「エス コヤマ」敷地内にあるチョコレートショップ「Rozilla ロジラ」。床には大きな歯車、ひんやりと洞窟のような空間という秘密基地めいたデザインは、オーナーシェフの小山進さんのイメージと橋本さんの造形力が相乗してでき上がった。
小山さんは世界のチョコレートコンクールで毎年連続で最高位をとるほどのパティシエ・ショコラティエ。先日とあるテレビ番組でヴェネチィアングラス造形作家の土田康彦さんと小山さんが対談したなかで、こんな話があった。1世紀前のガラス工芸品の気泡にはその時代の空気が閉じ込められている。つまり土田さんがつくった作品にはいまの空気が半永久的に閉じ込められるのだと。
それを聞いた小山さんは、なるほど自分は生クリームの気泡の中に、いまの一瞬を閉じ込めているわけだねと答えた。半永久に残るものと、数時間で消えてしまうもの。そのどちらの気泡にも「いま」が入っている。
瞬間のために瞬間を閉じ込める。自分しか知らない「いま」が食べる人の身体に入り、その人になる。食べものは消えてしまうが、食べた人のライフを持続させることになる。おいしければ、味は受け継がれていく。食べものの気泡はそのためにあるかもしれない。なんて書いたら、ロマンチックすぎるかな。
[お断り]このページの情報は2016〜2018年掲載当時のものです。

Author
Yuko Asai
東京都・新宿区生まれ。
外食産業と料理の専門出版社で編集者として勤めたのち、独立。
食産業の発展のため味の技術の言語化を追い求め、畑から食卓まで、あらゆる食の仕事を見つめ続けている。
『蛸のサンダル』は2016-2018年に連載していた作品。


