蛸のサンダル by Eiji Murakami
わたしの周りにはご自分でビジネスを起業した方やお店のオーナーシェフなど、「一国一城の主人」である方が多い。オーナーでなくても、ご自分の才能を世に表現している方たちであって、キラキラとまぶしく光り輝くスター集団だ。ま、まぶしいっ!
ビジネスコーチングでよくある問いかけに「自分にしかできないことは何か?」「自分だけの強みとは?」というものがある。自分を「自店」に置き換えてもいい。それを見つけて強みの方向に自分を磨き上げていくと、スターのようにまばゆい輝きを放つと言う。
わたしにしかできないこと。
一体何でしょうかね?
改まって聞かれると言葉にできないほうが自然だと思う。人間にそんな大差はないから。ましてレベルの高い同業ならなおさらで、強い専門性やずば抜けて高い技術なんてものはすぐに追い抜かれる危険に晒されている。だからビジネス書はいつでももっと勉強しろ、自分を磨けと煽ってくる。せわしない世の中であります。
自分磨きというが、自分を磨いてくれるのは自分だけじゃない。ほとんどの場合、他人が磨いてくれるのだとわたしは思う。他者との交流、摩擦、コミュニケーションが、自分をアップデートするチャンス。つまり仕事が忙しい!いろんな方との人間関係が大変!という時ほど、自分磨きができちゃってるわけです、チャンスです、チャンス。
いままさに締切のトップシーズンに入ってきているので、そういうふうに言えばポジティブにコラムを書く気持ちになったりするわけで。何事も気の持ちよう、「人生すべて思い込み」とは尊敬する仲佐猛さん(第8話登場。イーカライーカラのイカを描いてくれた)が、かつてわたしに教えてくれた格言であります。
実は現在(編注:2017年当時)、ムック『プロのための調味料図鑑(仮称)』を制作中、締切真っ最中。カンのいい読者の方はお判りでしょう。プロのための洋菓子材料図鑑の調味料バージョンをつくろうとしているのですね。業務用調味料の紹介あり、基礎知識編あり、何より今回の特集は、スゴ腕の料理人さんたちが調味料を並べて味見、同じ条件で試作をしたあと、特徴を生かした料理レシピを教えてくれる、大変贅沢な企画であります。
料理人さんにとって調味料を変えるのは勇気が要ること。基礎調味料やだしなどは使い慣れたものでないと味がなかなか決まらないから、いつもは使っていない調味料を聞き比べして料理をつくれというこの特集企画は、「酢」を担当してくれた村上英寿さん( ウェルカム/ディーンアンドデルーカ総料理長)いわく「まったく無茶振りっすよー」。
村上英寿さんは当時DEAN&DELUCA総料理長
蛸のサンダル by Eiji Murakami
村上さんと村上さんの蛸のサンダルイラスト。なにこれ、すっごく可愛い。ずるい。
「サンダルなんか履いたことないから、蛸がぎゅーって全部の足で履こうとしてるところ」(村上さん)
前回ちらっと書いた「もろこし祭り」の会場で描いてもらいました。3名の特集担当料理人が会場にいらしていて、取材についてあれこれ。
「担当なんでした?俺は酢」
「僕は塩」
「あー、塩がよかったー、酢むずかしいー」
なんて会話が交わされていました。
Yuji Tani
蛸のサンダル by Yuji Tani
こちらが「塩」担当の西麻布HOUSEオーナーシェフの谷祐二さん。コソ練派。レシートの裏にサンダルに乗った案を描いたがやめて、いろんなブランドのスニーカーをはいた蛸になりました。
Yuji Yamashita
鯨 by Yuji Yamashita
もう一人は東京・銀座にある高知県アンテナショップ2階「おきゃくダイニング」料理長に4月から就任した、高知一番の老舗ホテル、皇室御用達「城西館」内の日本料理店「思季亭」前料理長の山下裕司さん。蛸ではなくて選んだのは鯨。さすが土佐人。しかし線画に「くじら、くじら、くじら・・・」って、イージーすぎないか?何も履いてないし!
「俺ら、アサイさんに無理やりあれやれこれやれって、被害者の会っすよねー」とヘンなところで意気投合したお三方は、この道長く、オリジナルな様式美を確立させた味覚の専門家だ。
村上さんはフレンチ出身、ディーンアンドデルーカのデリ部門を現在まで育て上げた。できたてのプロの料理のおいしさにテイクアウトの機能を持たせ、D&Dブランドの世界観をショーケースに表現。村上さんの懐の深さは、部下の料理人さんたちのつくるメニューを、自分とは違っても幅広く取り入れること、通常のレストラン(男社会です)よりも格段に女性の多いデリキッチンを潤滑に運営できるように平等性に気を配り、常に笑いを絶やさないことに現れている。
印象的だったのは、デリショーケース内の見せかたについて尋ねた時のことだ。他社では色とりどりに見せるべき、立体的に盛るのがコツと言われている時に、村上さんは大きな白い丸皿一面に白身魚のカルパッチョを並べ、上に野菜を飾ることもせずにズバッとそのものを見せたのだった。そして「一色の美学ってあると思うんですよねぇ」とさらりと言う。洒脱な男だ。
谷さんは村上さんと同じウェルカムグループにかつては所属していて、ディーンアンドデルーカ以外の料理部門の長だった。いまはそのうちの1店舗を買い取ってオーナーシェフとして活躍中。ニューヨークのレストランに招かれてポップアップディナーを開催するなど、勢いに乗っている。
以前は企業の世界観の中で料理をしていた谷さんだが、独立するや料理がガラリと変化。産地を積極的に巡って良い素材や人と出会い、お皿から農産物が生えてくるような華やかさをまとい始めている。わたしの悪友の彼が言うには「谷くんの料理はfarming on the dishだ」。お皿の上で農業してる、と言うのであります。
山下さんは高知料理界の至宝とも呼ばれるベテランで、日本料理の奥深さ、地元の豊かな素材に裏打ちされた味のバラエティを見せてくれる。JALのファーストクラスの料理を担当したこともある。今回の担当は「煮干しのだし」。「まったくむずかしいことを言うよなあ、あなたは」と言いながら、撮影に伺ったら料理はすっかりスタンバイされていて涼しい顔。百戦錬磨なのである。
そういえば前回、ゼットン稲本さん(先日ゼットンを退社してDDホールディングス取締役に就任されました)に蛸のイラストを描いていただいた時、「いきなりだなあ、こんなのアサイちゃんにしかできないよ」と言われたのを思い出す。
そうか!わたしにしかできないこと、ついに出ました。まとめますと、
1)一流の方に無茶な特集企画をふること。
2)一流の方にいきなり蛸のサンダルイラストを描かせること。
これからもこの方向で、自分に磨きをかけていきたいと思うのであります。
[お断り]このページの情報は2016〜2018年掲載当時のものです。

Author
Yuko Asai
東京都・新宿区生まれ。
外食産業と料理の専門出版社で編集者として勤めたのち、独立。
食産業の発展のため味の技術の言語化を追い求め、畑から食卓まで、あらゆる食の仕事を見つめ続けている。
『蛸のサンダル』は2016-2018年に連載していた作品。
