蛸のサンダル19 (2018.1.06) 頑張るのは / 蛸 by 中島武(外食企業・際コーポレーション)

蛸 by Takeshi Nakajima

スーパーマーケットへの買出しに行き、前年に真っ赤なタコが埋め尽くしたあの魚売り場を再び訪れたのですが、赤いタコのスペースは縮小されてしまって、あのクラクラするような光景に出会うことはできませんでした。まさか蛸のサンダルのせいではあるまい……。しかし、おかげさまで心穏やかな年始を過ごしました。初詣ではおみくじを引いて「末吉」。お告げは、
「業の成ると成らざるとは、志の立つと立たざるとに在るのみ」
意味:勉強や仕事が成功するかしないかは、心に決めた目標を立てるかそうでないかで決まる。何事にも志を持って取り組みということは肝心で大切なことです。

志とは何でしょうか?

事業を始めた頃のことを、多くの経営者の方は「成功したい、モテたい、儲けたい」といわゆる”欲望”が原動力だったと振り返ります。世の中に自分を認めさせたいというのも欲望のひとつです。それは自然で当たり前で、人をも動かすすごいエネルギーを持っています。インテリアデザイナーの佐藤一郎さん(エイジ)は、かつてインタビューで答えていました。たくさんの飲食店経営者さんと仕事をしたが、成功する人は、欲望の大きさが並外れている、と。

思い出すのは、キルフェボンというフルーツタルト専門店の創業社長・澤野さんにインタビューした時のこと。20年ぐらい前、まだキルフェボンが静岡でブレイクしたばかりの頃だった。「最初のころは会社経営の目標はモテることだったんだと思います。女子が”ケーキ屋さんなの?カッコいい”と言ってくれたり、いい車に乗れたり。それが次第に変わってきて、ある程度まで行くとどうでもよくなってくる。その代わり、志というか、お客さまに喜んでもらえるかとか、いままで”クサいセリフ”と思っていたことがどんどん気になってくるんです」わたしの記憶が確かならば、そのようなことを言ったのであります。

欲望を燃やして飛び立ち、成長軌道に乗ってから見えてくる「志」の地平線。わたしの周りにいる経営者のみなさんは、きっとその景色を見ているに違いないのです。そのうえでマンネリにならず、お会いするたびに新しいことに挑戦なさっている、限界知らずの大スターをお迎えしましょう。

際コーポレーション代表取締役、中島武さん。1990年に創業。現在はグループ年間売上高317億円、383店舗を展開する企業へ成長しました(2017年時点)。初めてお目にかかったのが、93年。わたしは入社1年目の駆け出し編集者でありました。それから「紅虎餃子房」のブレイク、多店舗化は大衆業態から高級レストランにいたり、いまではホテル旅館まで手がけているご活躍ぶりは、改めてここで紹介するまでもないでしょう。

中島さんの蛸。「えー、蛸なんてヤダよやだよ」と言いながらも、書き始めるときちっと書き込みます。強面と言われますが、根は真面目でお優しく、お茶目な方です。タコが靴はいたー、靴が脱げたー、とドラマ仕立て。

最近はカウンターだけの高級中国料理店で、自ら料理を振る舞うディナーなども開催。聞けば料理を習いにどこかへ通っていらっしゃるとか。少し前は、鰻の専門店「瓢六亭」をオープンするにあたり、養鰻や鰻の捌き方などについても産地に行かれたり、本を読まれたり、かなり詳しく勉強なさっていました。あれもしたい、これもしたい、こんなお店もつくりたい。欲望はいつしか志と探究心に代わり、中島さんをいまも強く動かしています。

わたしも志を高くもち、新しい年を邁進していきたいと思います。

新年だからこれぐらい真面目に書いてもいいかな?と思って、おみくじを読み返すと「生真面目な性分が災いしないように、ほどほどに」とある。やっぱりこれじゃあイカん。もっと不真面目に、ユーモアと不埒と大喜利を身につけなくちゃ!と思ったところに宅配便が。そういえば母が「お豆腐を送った」と言っていたのでした。お豆腐なのに常温配送? 箱を開けると、うわー、なんだこりゃ。

豆腐とケチャップとマヨネーズ。よく見ると豆腐は付箋、ケチャップとマヨネーズは修正テープらしい。うーん、お正月からへなへなと脱力させてくれます。抱負とか意気込みとかがぷしゅーっと抜けていく感じ。

「頑張るなんて素人ですよ、仕事なんて道楽です。なんてね」といつか中島さんも笑いながら言っていた。そんな肩の力が抜けた人物にわたしもなりたいものです。ということで今年も蛸のサンダルは、脱力系でお届けしたいと思うのであります。あとは、イラスト原画展をできたらいいかなあ。描いた方がみんな集まってくれたら面白そう。実現するように頑張ろう、いや頑張っちゃダメなんだった、ほどほどに頑張ろう。実現したらラッキーぐらいに思っておこう。たくさん笑う良い一年にしましょうね。今年もよろしくお願いいたします。


[お断り]このページの情報は2016〜2018年掲載当時のものです。

Author

Yuko Asai
東京都・新宿区生まれ。
外食産業と料理の専門出版社で編集者として勤めたのち、独立。
食産業の発展のため味の技術の言語化を追い求め、畑から食卓まで、あらゆる食の仕事を見つめ続けている。
『蛸のサンダル』は2016-2018年に連載していた作品。

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